職歴&研究活動の詳細
1) 昭和46年入社より、昭和60年まで14年間にわたり、橋梁上部工、その他鋼構造物の設計および、開発実務を担当した。主な担当工事等として以下のものがある。
●昭和46年: 東京ガス天然ガス環状幹線用パイプライン橋(3弦トラス橋)の設計担当首都公団耐震落下防止装置の設計担当。
●昭和48年: 道路公団東北自動車道白石川橋(3径間連続板桁橋)の設計担当
●昭和49年: 首都公団湾岸線BC291(3径間連続鋼床版箱桁橋)の設計担当
●昭和50年: 新潟県石上大橋(単純桁橋)の設計担当。
道路公団大島大橋(3径間連続トラス;(社)土木学会田中賞受賞橋)。
●昭和52年: 千葉モノレール軌道桁の基本設計担当
標準パイプトラス橋の開発担当(実物大載荷実験、施工性実験)
●昭和53年: 扇町渡田連絡橋(3径間連続鋼床版箱桁橋)の設計担当
鋼殻沈埋トンネル構造の開発担当
●昭和54年: 建設省成田橋(単弦ローゼ桁)模型載荷実験工事担当
●昭和55年: 鋼製トンネルセグメントの開発担当
新交通システム軌道構造の開発担当
●昭和57年: 中部電力浜岡原子力発電所鋼製取水塔(鋼製、RC円形ケーソン)の設計担当
建設省スノーシェッド工事、設計・工事担当
●昭和58年: 埼玉県秩父橋(複合斜張橋;(社)土木学会田中賞受賞橋)設計担当
●昭和59年: 鋼/コンクリートハイブリットケーソン構造の開発担当
●昭和60年: ジャケット式防波堤構造の開発、設計(横須賀市防波堤)担当
特に、これらのうち、主任技術者として担当した埼玉県秩父橋は、同県が初めて受賞した土木学会田中賞の昭和60年度受賞橋梁である。また、設計担当業務の延長として、建設省発注の越後湯沢国道17号スノーシェッド工事の現場代理人として昭和57年に約半年間にわたって現場所長をつとめた。

2) 1985年10月にロンドン事務所へ転勤となり1987年12月まで2 年2 カ月にわたって駐在員 事務所で勤務をした。この間、欧州技術情報の収集、橋梁調査団の受入れ、英国、欧州各国との技術交渉、建設プロジェクトの発掘、技術導入契約、交渉、トルコの第 2ボスポラス海峡吊橋ケーブルワイヤーの調達、検査などを担当した。

3)  ロンドンから帰国後の昭和63年に橋梁の契約、営業部署に配属され、平成7年まで主として日本道路公団、東京湾横断道路、本州四国連絡橋公団、首都高速道路公団の担当をした。その後現在に至まで建設省など橋梁全般について、橋梁工事の契約、市場調査、営業の統括の職務にある。
 東京湾横断道路では、川崎人口島ジャケットの太径杭、シールド掘削土搬出桟橋、居住区橋梁構造、鋼製橋脚構造などで、ゼネコン各社と契約交渉を実施したほか、橋梁では 航路部について、東京湾横断道路(株) との契約を担当した。
 道路公団では、外かく環状道路、伊勢湾名港東大橋などの橋梁、本州四国連絡橋公団では、明石大橋の基礎ケーソン、塔、補剛桁、多々羅大橋の塔、桁工事、来島大橋第三橋の契約を担当した。この中で外かく環状道路川口市、和光市のカルバート工事ではRC構造に代えて工期短縮を狙って鋼製カルバートを提案して採用された。
 首都公団では、横浜ベイブリッジ、鶴見つばさ橋などの他、主に湾岸5期の契約を担当した。
 平成5年より現在まで、海外橋梁部門を兼務し、海外橋梁のマーケッティングの担当も行っている。なお、(社)日本橋梁建設協会国際問題委員会の委員として、建設省の要請をうけて日本の公共工事約款、入札制度について主要海外諸国の契約約款、入札制度との比較研究を実施した。建設コンサルタンツ協会と共同で欧州4カ国の入札制度の調査を実施した。

4)  1985年から1987年までの英国駐在期間中にイギリス土木学会(ICE)、英国産業考古学会(AIA)に入会し、橋梁を中心とする土木史研究活動を開始した。英国駐在中は、特に実橋踏査とイギリス土木学会の文献調査を含めた18、19 世紀の橋梁の研究調査を数多く行い、その後の鋼橋史研究の基礎的研究を行った。この研究は、更に英国橋梁技術の明治期の日本に対する影響の面について研究を発展させ、これらの成果を「19世紀橋梁界とタイ・フォース鉄道橋」(雑誌「橋梁」、橋梁編纂会、1987年、5、6、7 月号)および「明治初期における英国からの技術移植」(第 7回日本土木史研究発表会論文集、土木学会、1987年6月)に発表した。又、「アイアンブリッジ」((株)建設図書、1989.12)の翻訳出版もこれらの研究成果である。なお、英国駐在中に培ったイギリス土木学会関係者、橋梁技術者との研究者との人脈はその後も逐次フォローを重ねて現在も土木史研究での交流を継続している。

5)  1987、88年にかけて英国お雇い外国人土木技術者のR。H。ブラントンの顕彰の為に個人の資格で横浜市、横浜商工会議所、ジャパン・ソサエティなどに働きかけを実施してブラントン研究の機運を盛り上げた。その後、委員会設立の準備を横浜市とともに行い この結果1989年10月に横浜市が(社)土木学会に研究委託をして委員会が発足したが、発足にあたりイギリス土木学会会員のルートを通じて同学会土木史研究委員会(Panel for Historical Engineering Works) にも協力の依頼を行うなど、実質的な推進の下地を作った。この結果、1989年10月に(社)土木学会に「ブラントンに関する調査研究委員会」が発足し、幹事として参加し1990年11月まで研究活動を実施した。
 この研究成果は「R.H.ブラントンに関する調査研究報告書」(土木学会1990.9(共著))、および「横浜吉田橋」(土木史研究第11号、土木学会、1991.6)に公表した。また、研究動機などを日本経済新聞の文化欄記事として記名掲載した(日本経済新聞、平成 3年1月11日朝刊)。

6)  ブラントンに関する研究成果の延長として横浜市、横浜商工会議所、(社)土木学会共催でブラントンの顕彰としてロンドンでのメモリアル設立、シンポジウムの実施に貢献した。1991年4月、および1991年10月の2回にわたって訪英してイギリス土木学会土木史研究委員会関係者と研究に関する意見交換、シンポジウムの開催を行った。 1991年10月の訪英では当時の土木学会会長、岩佐義郎氏、事務局長石塚健氏、研究会委員長尾義三教授に同行してイギリス土木学会を公式訪問して技術史研究を通じて土木学会国際交流に貢献した。

7)  平成3年から平成6年まで(社)土木学会土木史研究委員会幹事を務めて、学会の土木史研究活動に参加した。この活動のなかでイギリス土木学会土木史研究委員会から依頼のあったフォース鉄道橋100周年記念出版の「100years of the Forth Bridge」の国内翻訳出版については翻訳出版ワーキンググループの主査として翻訳作業を行った。この間フォース橋の歴史的研究の為1992年 5月および同 9月にフォース橋現地や関連地を調査し、さらに原書の編者であるイギリス土木学会土木史研究委員会パックストン委員長に面談して関連資料の提供の他各種の指導を仰いだ。これらの研究成果として1992年12月(社)土木学会より「フォース橋の100 年」の出版に至った。この間の経緯は土木学会誌、Vol.78、1993.5に「フォース橋の100年を翻訳出版して」としてまとめて発表した。この他フォース橋の研究に関しては「建設100周年を迎える英国のフォース鉄道橋」(土木学会誌、Vol.75、1990.3)、New Civil Engineer(イギリス土木学会誌、1990.5. 17、 フォース橋の設計への日本人関与に関する記事)などがある。なお、平成 4、5、7〜10年に土木史研究審査付き論文の査読を、平成5年、6、9、11年の土木史研究発表会では橋梁部門の司会を行った。

8)  鋼橋技術研究会では平成4年に技術史研究部会(委員長、信州大学小西助教授を発足させたが、この研究部会に幹事として参加し平成 4年4月から6年3月まで研究活動を実施した。とくに架設グループの座長として鋼橋の架設工法の歴史について研究を実施した。

9) (社)日本橋梁建設協会は設立30周年を記念して出版した「日本の橋(増補版)」の出版の為に平成4年12月に編集グループを発足させ編集幹事として調査、執筆の為に参加した。これは平成6年6月に朝倉書店から出版された。

10)  世界常設道路会議(PIARC: Permanent International Association of Road Congress) 道路橋委員会の日本代表委員として、1991年より「Bridge Management」のテーマで国際的な研究を実施した。約20カ国へのアンケート調査および半年毎に開催した会議での意見交換をもとに各国のBridge Management の実態を調査して把握しつつそのあり方を研究してきた。なお、発表論文は1995年 9月5 日カナダ、モントリオール第20回PIARC 国際会議にて発表を行った。この論文はPIARC、Proceedings for C11、1995、Montrealに掲載した。

11)  このほかに「Building Japan 1868-76」(Japan Library Ltd、 UK.1993)、「R.H.ブラントン−日本の燈台とまちづくりの父−」(横浜開港資料館、1991.10)、「Japanese Railway in the Meiji Period 1868-1912」(T.Richards 他、 Brunel Univ.、1991.10)に資料提供など発行の為の協力を行った。

12)  平成6年から7年にかけて、それ以前の土木史研究の成果を集大成して、近代における鉄・鋼橋梁の発展過程を明らかにするテーマで学位論文を取りまとめ、平成7年9月に日本大学理工学部へ提出し、翌8年5月博士号が授与された。

13)  平成7年より4か年にわたって土木史研究委員会の機関誌であるニュースレター、土木史フォーラムの創刊から11号までの発刊に小委員会幹事長の立場で貢献した。

14)  平成7年に、新たに設置した(社)日本橋梁建設協会の欧州橋梁企業調査グループの委員として英、仏、独、伊の4カ国の鋼橋企業の実地調査を含む調査研究を実施し、欧州企業と国内鋼橋産業との比較研究を中心的立場で実施した。この成果は「欧州鋼橋企業の調査報告書」として纏めた。

15)  平成8年度土木学会土木史発表会(秋田大学)では、(社)土木学会で招聘したイギリス土木学会土木史研究委員会委員長、ヘリオット・ワット大学教授R.Paxton氏の特別講演の通訳を担当した。(講演論文:Conservation of the 1811 Railway Viaduct at Laigh Milton、 Scotland; 土木史研究 No。16、 土木学会 1996、pp.1-16))

16)  平成9年9月に、イギリスの最近の橋梁建設動向の実地調査を行った。さらに、日英比較の視点から、イギリスの建設コンサルタントのフェイバー・マンセル社のP.Head氏と共同で考察を行った。この成果は、雑誌「橋梁と基礎」、32巻、7号、1998.7.に、同氏と共同執筆の形で「イギリスにおける最近の橋梁建設とその動向」として発表した。

17)  平成8年から新たに公共事業の新手法としてBOT および、PFI の調査研究を進めた。この成果として平成8 年に報文「佳境に入ったカナダ、ノースサンバーランド海峡連絡橋の建設と事業」(海洋架橋調査会編、 海峡横断、 vol.4、1996.1.)、平成9年に報文「アイアンブリッジ建設とプライベイトファイナンス事業」(海洋架橋調査会編、 海峡横断、vol.5、1997.2)を発表し、平成10年には日経BP社から訳書「PFI実践ガイド」を発行した。また、平成8年から12年まで(財)海洋架橋調査会「大規模プロジェクトの財源及び事業手法研究会」の委員として第二関門架橋をモデルとしてPFIの可能性の検討を進めた。

18)  平成6年4月より(社)日本橋梁建設協会広報委員会委員をつとめ、この間、平成7年度には建設省の建設産業政策大綱を受け、協会のビジョンの取り纏めに中心的な役割を果たす他、その後も鋼橋産業の業界の課題について建設省などの関係者と協議をしつつ、対応策を検討してきた。この活動は現在も継続中である。

19)  平成9年4月より(社)日本橋梁建設協会の中に設置された建設CALS特別委員会で幹事長の立場で、建設省、建設コンサルタンツ協会と協議を重ねつつ鋼橋上部工工事における図面データのデジタル化の検討を進め、現在も継続中である。成果として平成9年度、平成10年度、および12年度の「建設CALSに関する検討報告書」がある。

20)  平成7、8年度には複合構造の増加傾向を踏まえて、合成桁の技術の変遷に関する研究、および、近代ダムの歴史的研究調査を実施した。これらの成果は、平成9年度の(社)土木学会土木史研究発表委員会で「鋼合成桁の歴史的調査」(審査付き論文)として、また平成11年度発表会で「神戸布引ダムおよび関連施設の建設」としてそれぞれ発表をした。なお、近代ダムの調査については、関連記事が読売新聞1999年 5月23日、日曜版に掲載された。

21) 平成11年5月には、茨城大学よりの要請に基づいて、非常勤講師として社会人入門講座を「橋から見た世界」と題し、講義を行った。

22)  上記20)の神戸布引ダムの内容で記事をまとめて日経新聞文化欄に投稿したところ「ダム建設秘話を掘り下げる。−神戸に近代化第一号、一世紀を経た資料と遭遇−」というタイトルで採用され平成12年7月26日の朝刊文化欄に掲載された。

23)  平成6年頃から(社)日本橋梁建設協会広報委員として公共事業の建設生産システムに関する問題点の検討に参加したことをきっかけにその後、独自で調査を深めた。この成果は、”公共工事建設生産システムに関する史的考察“として論文にとりまとめて、土木学会論文集W部門、No.674/W-51、84-97、 2001.4.に投稿した。

24)  建設CALSに関して(社)日本橋梁建設協会の建設CALS特別委員会で幹事長を平成9年から務め研究を進めてきた。この一環として研究成果として論文にとりまとめ韓国で2001年6月に開催されたThe 1st International Conference on Steel & Composite Structuresで発表した。

25)  日本橋梁建設協会から派遣されたフランスTGV鉄道橋の調査を主査として実施しその成果を「フランスTGV報告書((社)日本橋梁建設協会)」としてとりまとめた。

26)  JABEE審査員を、平成13年度はオブザーバー、14年度は審査員、15年度は副審査長として参加した。

27)  2003年7月より、土木学会鋼構造委員会に歴史的鋼橋の補修・補強に関する小委員会を発足し、委員長として調査、研究活動に着手。2003年9月、エジンバラで開催されたイギリス土木学会年次会議に出席し、委員長の立場から、活動報告と今後の協力に関しプレゼンを行い意見交換を行った。また、景観法の成立直後の2004年7月に、「歴史的鋼橋の保全にルールを」と題して朝日新聞「私の視点」に小文が掲載された。

28)  歴史的鋼橋に関する研究は、土木学会鋼構造委員会歴史的鋼橋の補修・補強に関する小委員会の活動を通じて継続し、2006年3月の土木学会関東支部研究発表会で、「鋼橋の歴史的価値に対する社会的要求の変化に関する調査 」として口頭発表し、2006年10月のイギリス土木学会主催の国際会議Bridge Design、 Construction and Maintenanceで、「A study on repair and strengthening of historical steel bridges」として発表予定。

29)  歴史的鋼橋の保全に関して、2004年12月に足利工業大学、2005年3月に日本技術士協会建設部門において、講演を行った。

30)  土木図面の史料性に関する調査を2004年より開始し、2005年6月の土木学会土木史研究発表会で「土木史料としての図面に関する調査研究 ―鋼橋を対象として―」を発表した。2005年9月より、鋼橋技術研究会において、鋼橋図面に関する調査の特別部会を設置し活動成果を、2008年5月に調査報告書(2分冊)にまとめた。

31)  図面に関する調査は、引き続き土木学会図書館委員会の活動として継続中である。

32)  歴史的鋼橋に関する調査は、歴史的土木構造物全体のなかの一部として、土木学会歴史的土木構造物保全技術連合小委員会の場において継続しており、2010年5月に、「土木構造物の保全」のタイトルで図書を発刊する予定である。

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